はじめに 湾岸戦争が開始された時、私は友人200人に自分の考えを書いた手紙を送った。1991年のことである。その頃、すでに私自身はインターネットを使っていたが、友人・知人にはインターネットの利用者がほとんどいなかったのである。また、不特定多数の人に向けてインターネットでも呼びかけや集会の案内を発信したりしたが、反応は全くなかった。しかし、2003年のイラク戦争では、おびた 一方、マスコミには相変わらず統制された情報が流れ、それはかつてと変わらない。テレビで繰り返される戦場の映像は、発信者にとって都合の良い部分だけに編集され、画一的な判で押したような画面に溢れている。戦場だけではない。国内で組織されたデモがテレビで放送された際に、アナウンサーが「若者の参加が少ないのが気になります」とコメントした。テレビには確かに若者は映っていなかった。しかし、実際に私はこのデモに参加し、若者であふれる様子を見てきている。 こうしてみると、市民たちがインターネットを活用するようになったにもかかわらず、マスメディアにはほとんど影響を与えていないことがみてとれる。もちろん、徐々に変わってきてはいるが、しかし、市民の「情報力」はまだ社会を変える力にはなっていない。 私たち市民コンピュータコミュニケーション研究会は、今からちょうど10年前の1993年に発足した。その名前のとおり、市民がコンピュータを使ってコミュニケートすることを支えていくための組織であるが、当時はコンピュータ・コミュニケーションで何ができるのか、どういう可能性があるのかを一般に説明することは難しかった。また私たち自身、明確にわかっているとは言えなかった。それ もちろん、重要なのは「コンピュータ・コミュニケーションで何を実現するか」という目的である。手探りの部分もあったが、私たちの想いの中で、この世の不公正を少しでもなくし、信頼と助け合いに基づく民主的な社会を構築するために、技術を役立てていこう、という点は明確であった。メンバーの多くがコンピュータ関連の技術者・研究者であり、情報社会においてコンピュータの専門家が果たすべき役割と責任について真剣に考える人たちの集団であった。 当時はインターネットという言葉も、コンピュータ・ネットワーク関係の一部の研究者以外にはほとんど知られていなかったが、この10年の間にインターネットは全世界で爆発的に普及し、日本では2人に1人以上がインターネットを利用するまでに至った。この間、著しく進歩した情報通信技術は本当に社会の不公正をなくすために使われたのであろうか。技術は商業主義と結びつき、社会的な弱者を置き去りにしてはいないだろうか。技術者の多くが産業界に身を置いている現状では、どうしても利益の追求が優先されがちである。したがって、技術者の自覚もさることながら、市民自身が技術の動向を注視していなければならない。特にコンピュータが生活と切り離せない現代では、情報通信技術の使われ方やあり方に無関心であっては、真の意味での市民が暮らしやすい社会を構築することは難しいだろう。こうした現状を変えていくために少しでも参考になればと、市民活動へのインターネット活用をサポートしてきた筆者らの経験をもとに執筆したのが、本書である。 本書では、第1章で、コンピュータとインターネットの歴史を振り返り、社会正義を実現するための活動において、市民はインターネットのプラスとマイナスの両面を知った上で、インターネットの可能性とサービスを取捨選択し、情報通信技術やコンピュータ・ネットワークを活用する必要性があることを説く。第2章では、進歩的コミュニケーション協会(APC)を中心に、国境を越えて市民が主 これからの情報社会を市民が主体となって作り上げるためには、私たち市民一人ひとりが望ましい社会のあり方について真剣に考え、その実現のために行動することが必要であろう。そのために本書が少しでも役立てば幸いである。 2003年4月吉日 浜 田 忠 久 |